大澤龍司法律事務所 相続問題無料相談ブログ

人が住む「家」というものをどのように考えているのであろうか

外部リンク:レオパレス21、1324棟で施工不良=7700人に退去要請-建築基準法違反疑い

私はレオパレスの家に住んだことはないが、インターネットなどでは以前から壁が薄く隣の部屋の音がよく聞こえるなどと言われていた。
しかし、記事の内容については驚いた。
また、数件の話ではなく、この規模であるならレオパレス側もわざとやっていたのは間違いないのではないか。また、レオパレス側がわざとやっていたとして、行政の確認・審査はどうなっていたのであろうか。
原因についての情報は少ないが、他の記事によれば、「原因については、工期を短くすることや、現場の作業員が使用する材料を誤解していたことなどを挙げた。」とある。工期を短くするためにわざとこのようなことを長期にわたって行っていたのであれば非常に悪質であるし、後半の理由は論外である。
融資を受けている不動産オーナーや、急に引っ越しを余儀なくされる住人には損害が発生するであろうが、レオパレスの経営が破綻する可能性が相当あるなかで、彼らの損害にレオパレスは何か対応できるのであろうか(資力がないものから支払いを受けることはたとえ弁護士が介入しても困難である。)。
このようなことを行ったレオパレス側や、審査・確認を怠った機関など、不動産業界全体の不信感にもつながりかねないと思う。

幸い大規模な火災が発生して判明したというわけではなかったが、違う意味で炎上することは必至であろう。
(弁護士 畝岡遼太郎)

(弁護士コメント)
大澤:
まぁ、出てくる、出てくる・・
本当に嫌になるくらい出てくる。
建設談合や自動車、鉄鋼、耐震ゴムの品質や検査偽装、それと大きいところでは官僚の大嘘。
これが日本の実情と思うと悲しくなる。
美しい国はどこに行ったのか。
しかし、元官僚の柳瀬とかいう人物、散々、嘘をついた挙句、NTTだったか、大手大企業の役員とかになって、金をもらえるようになる。
安部さん、口をきいてあげたのかなぁ。
さて、今回の記事だが、これだけの件数があるのなら、当然、経営陣は百も承知だったろう。
この会社が存続するためには、欠陥建築を作り続けるしかなかったのだろうか。
畝岡弁護士もいうように、この件数の多さから言えば、破産という事態も想定されるのではないか。
破産となれば、欠陥建築を買わされた人には気の毒ではある。
しかし、《嘘をつけば必ず会社はつぶれる》、いや《嘘をついた会社はつぶされる》というところまでいかないと、この風潮はなおらない。
経営陣としては、業績を上げたいと考え、工事費の削減を考えていたのかもしれない。
しかし、業績の前に、ちゃんとした欠陥のない合法的な住宅を提供するのが企業の使命ではないか。
品質は確保したうえで、業績争いをする、それができないのであれば、市場から撤退させられるという厳しい結果がある、それなくして不正を防止できる手段は存在しないのではないか。

岡井:
レオパレスというと、家具家電付きで週単位で借りられ、短期間部屋を借りたい事情があるときに重宝するというイメージがあった。
司法試験に合格すると、司法修習生となって各地で研修をするのだが、埼玉県和光市で2か月ほど研修をする際に、和光駅の近くのレオパレスを借りている友人もいた。
そのくらい身近な存在であっただけに、ここまで施工不良を繰り返していたことには、まさか、との思いであった。
ただ、インターネットを見ると、実際に借りたことのある人は皆、壁が薄い等の問題を感じていたようだ。
畝岡弁護士、大澤弁護士も述べているように、ここまでの件数となると、組織ぐるみで、費用削減のために行っていたことは明らかであり、地震等の天災で危険が生じていたかもしれないとなると、会社として、どういうつもりでやってきたのか、かなり腹立たしい。
各会社には、数々の偽装問題から、人を欺いて会社を成り立たせる商売は破綻するということを学んでほしいものである。

万葉集の最初の歌は初瀬の地から・・つれづれに万葉集④

昨日(2月6日)、平日に休みをとって、ハイキングに行ってきた。
行く先は初瀬(はつせ)である。
万葉集の冒頭は、雄略天皇の「籠(こも)よ み籠(こ)持ち・・・」(外部リンク:Wikipedia)で始まる。
その天皇の都、初瀬朝倉宮(はつせあさくらのみや)跡を歩いてみた。
近鉄の鶴橋駅発2時36分の特急に乗り、大和八木駅で降りた。
ホームの反対側に停車している電車を見て、少し驚いた。
今日の行き先である《大和朝倉駅》行だったからである。
小さな駅だろうと想像していたが、そこが終着の列車があるんだ。
2万5000分の1の地図には確かに駅の南方に小さい■が印刷されており、それが戸建て住宅を意味すること、そこに街が作られていることは知っていたが。
近鉄系列の不動産会社が宅地開発をし、そのためにここ止まりの電車を走らせるようになったのかもしれない。
電車は駅の1番線につき、そこのまま停車し、しばらくして折り返して大阪上本町駅に向かうことになる。
大和朝倉駅には3時12分についた。
駅を降りてすぐに観光案内所を探した。
周辺の地図をもらうためだが・・・
(以下、次回に)


鶴橋駅特急
鶴橋駅のホームに入ってくる特急
大和八木までは510円
待ち時間を加えると急行でもいいいが、ともかくゆっくりと座っていける。




大和朝倉駅
大和朝倉駅
乗ってきた電車が見える。
乗ったときは《大和朝倉》行の準急であったが
大和八木からは各駅に停車していた。

医者の健康・労働環境も考えた案を―残業上限2000時間案を受けて―

外部リンク:「医師は死ねと?」 炎上した残業上限2000時間案が出てきた舞台裏


多くの医者が、過労死ラインを超えて働いている現状がある。
弁護士とは違って、医者は基本的に、診療を求めてきた患者を拒むことができない。
このことは医師法に定められており、人の生死にかかわる職業である以上は、当然ともいえる。

しかし、だからといって、医者は他の職業よりも無理をしなければならない、残業を強いられなければならないということにはならない。
医者も人間なのだから、無理をすれば体調を崩すし、労働環境が悪ければ精神的に不安定にもなるのは当たり前である。
医者が厳しい労働環境下に置かれれば、今よりさらに医者が減り、結局困るのは患者側ということにもなる。

記事によると、厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」が、地域医療を守る病院などに対する特例として、時間外労働の上限を1900~2000時間とする案を提示したとのことである。
月に直せば160時間程度、一般労働者の過労死ライン(960時間)の2倍以上であるといえば、その異常さは明らかであろう。
一部の病院に対してだけ適用される特例であるとはいえ、この上限時間を当然のように提示したことについては、驚きしかない。

たしかに、現状の世の中では、36協定(法定労働時間を超えて働く場合に労働側と使用者側で締結する協定)すら締結されずに、長時間の労働を強いられてきた医者が多く、また、労務管理をしていなかった病院が多いことも事実であろう。
上限を定めることによって、それは改善されるかもしれない。
しかし、36協定が締結されようと、労務管理が徹底されようと、上限1900~2000時間という残業が認められてしまう(違法とならない)状態では、医者の負担は非常に大きいままである。

現状から急に残業上限を下げても、現場は回っていかないというのはその通りかもしれない。
ただ、そこで医者だけが負担を被るという手段をとっては何も解決しない。
人手不足の現場に医者を多く配置できるような体制作りや医者でなければできない仕事とそうでない仕事をきちんと分けるなど、先に考えなければならないことはたくさんある。
一部の病院に限った話だから、とか、目標は960時間であることに変わりないから、などといって話を終わらせず、本当に医者たちの労働環境を守れる案になるよう、検討を重ねてほしいものである。
(弁護士 岡井理紗)


(弁護士コメント)
北野:
医師や看護師の方の中には、夜勤からそのまま翌日も勤務し、連続で20時間前後の勤務をしているという話を聞くことがある。
聞くと「慣れれば大丈夫」と答えるが、心配させないように気を遣っているのかもしれない。
我々一般人は、そんな激務をこなす医師や看護師の方の診察や看護を受けて生きている。
万が一、眠気や疲れで飲ませる薬を間違えたり、診断ミスがあったりしないかと心配になる。私が先日診察を受けた病院で医療ミスは起きてないだろうか。そう考えると他人事ではない。
そんな折、「医師は他の業種より長時間働くべきだ」と言いたげな政策が出てきた。記事によれば目標はあくまで960時間と紹介されているが、人手不足の厳しい現場では「2000時間までは処罰されない」という発想が先に浮かんでしまうのではないだろうか。
もちろん、医師がしっかりと休養すれば今度は患者が困るのかも知れない。そのため、岡井弁護士が述べる通り、医師が行うべき作業や役割分担の見直しなど、目の前のスタッフでできる効率化を考えていかなければならない。
とりあえず私たちにできることは、日頃から体調を崩さないよう生活を正し、医師や看護師の仕事を増やさないよう努力することだろうか。
本当に医療が必要な人のために。

畝岡:
厚生労働省の提示する時間外労働の上限は1900~2000時間であり、これは、一般労働者の過労「死」ライン(960時間)の2倍以上である。
長時間労働が及ぼす人体への悪影響は当然死亡だけではなく、うつ病などの後遺障害を生じさせることもある。また、これらの悪影響の程度は労働時間だけではなく、業務の内容も大きく関係するところ、医師の業務としては人の生命・身体を預かる責任のみならず、緊急性も伴うことがあり非常に負担も大きい。
さらに、過労死基準はあくまでも目安であり、この基準に該当しなくても過労死と認定される事は当然ある。
これらを踏まえると、目標は960時間であるということすら疑問に感じる。
全員ではないとの記載もあるが、もし長時間労働が原因で過労死(またはうつ病等を患うなどの事態)が発生した場合、誰がどのように責任を取るのであろうか。

麻生さん、失言ではないですよね。本音でしょう!

外部リンク:麻生氏、少子高齢化問題で「子ども産まなかった方が問題」

この麻生という人は正直な人だ。
本音を言っている。
真底、そう思っているのだろう。
これまで数々の《失言》をしてきた人だが、全てこの人の基本的な信条から発した言葉であったろう。
で、どうするかだが、野党はこの失言を国会で取り上げるだろう。
マスコミは大々的に批判のキャンペーンをするのだろう。
が、しかし・・・

この国は、今、嘘がまかり通っている。
車や鉄鋼、耐震ゴムの品質や検査偽装がある。
公務員の文書改ざん、障害者雇用数の虚偽、今は厚労省のデータ改ざん、本当に目もあてられない状況だ。
そういえば森友学園や加計学園のとき、《事実を徹底解明》といったのはこの国のトップの人ではなかったか。
これらの人のことを考えれば、麻生という人、本当に嘘をつかずに正直に言っているではないか。

国会では立憲民主党などの野党は、この発言の責任追及をするだろう。
それが悪いわけではないが、無駄な時間を費やすだけではないか。
《蛙の面になんとか》ということわざがあるではないか。
野党や、発言謝罪は主題ではないし、責任追及や辞任要求は何の役にも立たない。
いつもどおり、謝ればいいのだから。

私は飽き飽きしている。
責任追及というなら、私はむしろ野党に責任追及をしたい。
記事の末尾には子供を産めない事情がある人もいるという。
野党は目を見開いて、ここを見よ。
どうすれば、そのような事情を変更できるのか。
具体的かつ実現可能な解決策を政策として提案してくれ。
もちろん、国会では否決されるだろう。
それでもその策が真に解決の方向を見据えたものであるなら
《お、やるじゃないか》と評価する人もでてくるのではないか。
新聞が取り上げてくれないならネットという手もあるぞ。

麻生という人の批判をするとおもいきや、野党にとばっちりが及んでいる。
しかし、野党の人たちや、怒ってはいけない、これは激励である。
しっかりしないと、この国の民主主義、どこかにいってしまうぞ。
次回の選挙、与党が票を減らして野党が議席を増やす、その次は与党が票を増やすという競り合い。
そのような緊張感のある政治情勢でないと、いつまでたっても麻生という人は、言いたい放題を続け、謝罪して《はい、終わり》になる。
そんなことをしていては、政治は一向に良くはならない。
私は年寄りだけど、今、この国の将来を本当に心配しているぞ。
(弁護士 大澤龍司)

(弁護士コメント)
北野:
この人の発言はよく騒動を巻き起こす。
今回の発言もどこか差別的で、生産性がないことを私は感じる。
弱い人のことをなにも考えていない政治家のように思ってしまう。
 
別に手を抜いて子どもを産まないわけではない。
子どもが欲しい人はたくさんいる。
子どもを産みにくい(あるいは育てにくい)状況があるだけである。
日本国民はみな必死に生きている。その結果少子高齢化になってきているのであって、それを責めたところでなにも変わらない。
 
政治家の皆さんには「産まないこと」を責める前に、それこそ少子化対策の切り札を「生み出す」発言で話題になって欲しい。

畝岡:
大澤弁護士の記載に全面的に同意である。このような政治家の問題は度々起こるが、批判が集中したり、釈明・謝罪があったとして今まで何か変わったことはあったのであろうか。
もちろん、このような発言があったことも問題であろうが、(今回で言えば子供を産みにくい・育てにくい状況があるという意味で)現在の国内の状況をどう良くするのかということが、真の問題ではなかろうか。
この発言を批判するだけではなく、フランスで行われた出生率を高めるための様々な政策を参考にするなどして、日本の政治をより良くする方向に働いてほしいものである。

岡井:
麻生氏はこれまでにも様々な問題発言をしているが、今回は、「子供を産まなかった方が問題」という失言をしたようだ。
 北野弁護士のコメントにもあるが、この世の中は子供を産みやすい、子供を育てやすい世の中だといえるのだろうか。
 子供ができない夫婦には、不妊治療に莫大な費用がかかると聞く。
 しかし、その費用の多くについては国からの援助はなく、夫婦が自腹で支払っているのが現状である。
また、子供を産んだら産んだで、子供を育てるのにもお金はかかる。
その上、やや改善してきているものの、まだまだ女性にとって働きやすい世の中であるとはいえず、特に子育て中の女性がライフワークバランスを保ちながら働くことについては、十分な配慮がなされていない職場が多々ある。
このような現状の中、麻生氏ら与党は、何年も政権を担いながら、画期的な政策を打ち出すこともせずにこれまでやってきた(もちろん、野党も野党で何もしないから、政権も変わらない)。
自身のするべきこともせずにこのような発言とは、無責任としかいいようがない。

なぜ役所は動けなかったのか・・・あえて役所の視線で想像してみる

(外部リンク)千葉小4虐待死:DV相談、糸満市は女児から聴取せず 専門家「必要だった」

今回も非常に悲しい事件である。
子どもの虐待死が疑われる事件で、自治体が相談を受けていながら子ども本人の事情聴取を行っていなかった、という経過があったそうだ。
 役所が虐待の可能性について相談を受ければすぐ動くべき、というのが一般市民の感覚だろうと思うし、私もそうあるべきだと思う。
 しかし、問題は「子どもからの事情聴き取りが必要だった」かどうかではない。
なぜ役所は動けなかったのか?その理由を考えないと次には進めない。
 そこでいくつか理由を想像してみた。
 
 ①10歳の子どもの話を聞いても仕方ないと思っていた
 ②父親の虐待について確かな証拠がなかったので動けなかった
 ③そもそも母親の相談について役所内の引継ぎができていなかった

などなど。

③(引継ぎ不足)は論外の理由だが、①(子どもの話)や②(証拠がない)というのは役所も困る話だろう。
 たとえば②(証拠がない)だと、今のご時世、確たる証拠もなしに虐待を疑い子どもを呼び出せば、それを知った父親からどんなクレームを受けるか分からない。なにせ暴行や傷害にあたる疑いをかけるのだから慎重にならざるを得ない。
たとえ子どもの体にあざやケガを見つけたとしても、「遊んで転んだかもしれない」といわれれば見分けるのは難しいケースもあるだろう。
 次に①(子どもの話)も、たしかに見知らぬ大人の前でうまく話ができない子もいるだろうし、母親の都合のいい話だけをする子どももいる。(極端な例ではあるが)先日のブログでも取り上げたように、母親が子どもに嘘をつかせるケースもある。
 役所としても非常に難しい問題を抱えていることは間違いない。
 
しかし、こんなことを言ってばかりでは子どもを虐待から守れない。
 難しくとも動ける役所を作っていく必要がある。
 「役所は法律がないことを勝手にするな」というルールがある。
いわゆる法治主義というやつである。
法律がすぐに変わればよいが、どんなよい法律であっても、法改正は時間も手間もかかるし、反対の意見も当然ある。現場では、現在の法制度の中で権限を使いやすくする工夫が必要だろう。
あるいは、交渉の専門家である弁護士が、役所の担当者に対して虐待事案でどう動けばクレームを受けにくい方法で調査を進めることができるのかをコーチングする、あるいは現場の難しさを意見交換する中でうまく調査を進めるやりかたを話し合っていく方法も考えられる。役所の担当者も、うまい動き方が分かれば調査が進むのかも知れない。
課題は多いが、以前から時折聞くこの問題を早く解決できるよう願うばかりである。
(弁護士 北野英彦)

(弁護士コメント)
大澤:
昨日、テレビを見たら、殺された女の子の写真が画面に出てきた。
何回も画面でみているのだが、その度にギョッとする。
これまでにも同様の事件があったが、今回は、その子がいじめられている、暴力を受けているということを周囲に何度も伝えていたという。
少し前に、《いい子になるから許してください》というメモをして殺された子もかわいそうであったが、今回は特に《助けて!》と言っていたのに、とかわいそうでしょうがない。
さて、北野弁護士が、あえて役所の視点で考えてコメントしている。
同様に役所の方を見ながら、問題点を考えてみる。
児童虐待件数のグラフを見ると、右肩上がりで件数が急上昇している。
ところが児童相談所の職員は増加しているのだろうか。
現在、職員1人当たり50件の案件を抱えているという。
それでは十分なケアができないのではないか。
多くが、しんどさ、つらさにさいなまれ、案件が持ち込まれるたびにパニック状態になっており、現場は疲弊しきっているが実情ではないのか。
早急に職員を増員する必要があるのではないか。
次に児童相談所の担当職員は虐待問題に対処するに足る十分な資質をもっているのだろうか。
子供の心理をわかる知識や経験も必要不可欠だが、加えて親に対する説得力、物理的な力に対する体力、決断力や、そして何よりも子供を助けたいという熱意が職員に必要不可欠ではなかろうか。
そのような虐待を防止したいと思い、かつそれができる人を一人でも多く採用して、現場の人員を増員するという、それが最も急務ではなかろうか。
また、虐待された子を隔離するためには、受け入れ先が必要だろう。
施設だけではなく、ボランティアで虐待された児童を受け入れる家庭を募集することも必要だろう。
警察からかなりの人数を相談所に出向させることも考慮に値するのではないか。
そして良い人間を集めるための給料をアップするなどの待遇改善も必要不可欠だろう。
しかるにこれまでどれほどの現実的な施策がなされてきたのであろうか。
この国は一体、何をしてきたのか、これから何をしてくれるのか。
弱い者、困った者にもっと目を向けてはどうか、その努力が足りないのではなかろうか。
かわいそうと言っているだけでは、まだまだ、同じようなことを繰り返すだけだろう。
これからも、テレビを見る度にギョとするような出来事が続きそうで何とも悲しい。
最後に弁護士としてなにかできないかと考えた。
弁護士は誰かの依頼がないと動けない。
今回のケースは、母親もDVを受けていたようである。
もし、DVを受けている母親が安心して弁護士に相談できるようなシステム(あるいはそれと連携するボランティア団体などでもよい)があれば、弁護士が登場することができたであろう。
母親の話を聞けば、弁護士としてはまず間違いなく、子供のことも話題にするはずであり、子供の救済の糸口が開かれたのではなかろうか。
具体的に言えば、母親から依頼を受けた弁護士は、児童相談所や警察などに保護や訪問をするように働きかけをし、また、裁判所に人身保護請求をするなどの可能な手段で子供を確保し、安全な退避場所へ行ける手助けができたのではなかろうか。

(岡井)
本当に痛ましい事件である。
親から虐待を受けて、助けを求めても届かずに亡くなった子供の絶望感を考えると、胸が張り裂けそうな思いである。

北野弁護士の書いている、役所の側で見た問題点は、そのとおりかもしれない。
一般的な事件では、あいまいな証言以外に証拠がなければ、何も動けないというのは事実である。
しかし、こと子供の虐待、特に親からの虐待の事案については、介入しすぎくらいでちょうどいいのではないか、と個人的には感じてしまう。
子供の世界は、思っているより狭い。
親から虐待を受ければ、相談できる大人は学校の先生くらいしかいないという子供は少なくないのではないかと思う。

では、どのようにして介入するのか。
今、介入していける体制が整っているのか。
それがこの問題の一番難しいところである。
大澤弁護士の言う、圧倒的な人手不足という問題もあるだろうし、「こういうSOSがあったらこう動く」というようなマニュアルがないことも問題であるように思う。
マニュアルというと、柔軟性がなさそうで聞こえが悪いが、人手がなく忙しい中では、ある程度の決まりがないと、現場の職員としては動きにくいのではないだろうか。

それから、弁護士としては、大澤弁護士の言うように、だれかから依頼を受けなければ動けない。
仮に両親から虐待を受けているケースや、虐待をしている親にもう片方の親が逆らえず、弁護士への依頼が期待できないケースでも、たとえば学校や市町村、児童相談所の側の弁護士が働きかけ、警察等とも連携して、虐待をする親から子供を遠ざけることはできなかったのだろうか。
何かできることはなかったのかとの思いが募る、とても悲しい事件である。

(畝岡)
本件がとても痛ましい事件であることは間違いない。大澤弁護士も言うように、少し前に、《いい子になるから許してください》というメモをして殺された子もおり、近時はこのような事件が続いている。発生してしまったことに悲痛な思いがあるが、悲痛に感じる以上に今後、このようなことが起きないように対策を講じることが必要である。
私も弁護士目線で書かせていただくと、上記のとおり弁護士は誰かの依頼を受けなければ動けない。また、一般市民の感覚として弁護士に相談することは非常にハードルが高いと感じられているように思う。ましてや、子供にそのような発想はないであろう。
そうであるなら、(ここが非常に困難なのであるが)学校や市町村、児童相談所が弁護士と連携し、身近に弁護士に相談できるような仕組みを整えるべきではないだろうか。
本件においても、弁護士が早期に介入していれば、少なくともこのような結果になることはなかったはずである。

明石市長のパワハラ発言とそれに隠された背景事情とは?

明石市長はなぜパワハラ発言をした?背景に死亡事故

「すまんで済まん、そんなもん!立ち退きさせてこい、お前らで!きょう、火付けてこい!」

音声データを聞くと、発言の内容は、何度聞いてもひどいものである。
言い方も、「怒鳴りつける」というのにふさわしいもので、まさに「暴言を浴びせた」といえる。
パワハラではないか、と言われると、パワハラに当たる可能性が非常に高い発言であろう。
明石市長も、「非常に激高した状況で口走ってしまったセリフ」「弁明の余地もありません」と述べている。
市長が部下に対して、音声データのような語気であの発言をしたことにパワハラ等の問題があることは、だれも否定しないだろう。

もっとも、この記事で取り上げられているのは、明石市長がこのような発言をするに至った経緯・背景事情である。
明石市は、明石駅の南にある明石駅前交差点の道路で渋滞が慢性化し、事故が多発していたため、拡張工事を計画し、用地の買収を進めていた。
事業は2010年から始まっていたが、ある建物所有者と条件面で折り合いがついていなかったようである。
明石市長の上記発言は、担当者が7年もの間、この所有者との交渉を放置していたことを知っての発言であったようだ。
担当者にも言い分はあるだろうし、それはこの先明らかになってくるのかもしれないが、7年前からまったく話が進んでいないとなれば、「これまで何をしていたんだ」と担当者を責めたくなる気持ちも理解できる。

ただ、やはり問題は発言の内容である。
担当者の仕事ぶりに問題があったとしても、言ってはいけない言葉はある。
また、7年間も話が進んでいないことにだれも気付かなかったのか、指摘しなかったのか、その体制にも問題があったように思う。

明石市長は、これまで、子供の医療費を無料化したり、人口を増加させ続けるなど、多くの政策を打ち立てて成功してきており、市民からの人望も厚いようである。
明石市民としては、これまで支持してきただけに、非常に驚き、また、残念な気持ちだろう。

余談だが、このニュースを見ていると、アナウンサーがこの市長の発言について、「火つけてこい」などあまりにひどい発言もあるけれども、語気の強さなどについては関西ならそんなもんだ、というような趣旨の発言をしていた。
「関西への偏見だ」と思う一方、なんとなく納得できるような気持ちもある。
大阪でよく聞くような言い方を東京ですれば、「パワハラだ」という訴えが激増しそうである。
(弁護士 岡井理紗)

(弁護士コメント)

大澤:
テレビでの報道によると、この7年間で買収交渉は全く進展していなかったようだ。
もともと、2車線のところを4車線にするという道路計画があり、問題のビルの買収が進まないために、現在も、その場所の通行が不便になっているということのようだ。
値段の提示もしていないとなると、《担当の職員は何をしているんだ!》と市長が怒る気持ちも十分にわかる。
一方で、この市長、激怒して問題が解決すると思ったのだろうか。
おそらく、今回の事件以外にも激怒を繰り返していたのだろう。
市長という重責でストレスがたまりきっているのかどうか。
この市長、以前は弁護士だったようだから、何らかの法的な手続きをとれなかったのだろうかという気がする一方で、雑居ビルなら賃借人も多数いるだろうから、法的な手続をとると時間がかえって時間がかかるなぁという気持ちもある。
しかし、いずれにせよ、怒っても何にも解決はしないということには間違いはない。
気になるのは次の3点である。
まず、今後、市の担当者が圧力に負け、《法外な値段を出して》買収をしないかどうか。
次に、叱責を受けた市の職員は《パワハラとは思っていない》と述べているようだ。本当はパワハラなのに、そのようなことを言えば、また、別のトラブルに巻き込まれるということで、我慢しているのか、あるいはそのような発言をしないような圧力があったのか、気になる。
最後に、これはテレビなどでも言っていたが、一体、だれがこの録音をマスコミに流したかということだ。
今から2ケ月で明石市も市長選になる。
その点を意識して誰かが情報を流した可能性も否定できないであろう。
この事件、深堀りするともっとおもしろい、いろんな事実が出てくるかもしれない。
少なくとも、この市長、今のところ、今後の市長選には出馬するようだから、どういう結果がでるか楽しみである。
また、この市長を悪く言う候補がいたら、その陣営のリークかという憶測もできるし・・いずれにせよ、品のない事件だが、今後の動きが楽しみだ。

北野:
 以前、ある自治体職員の方と話をする機会があり、「わが社の社長は厳しい人だから」という発言を聞いたことがある。
どうやら市長のことを内々で「社長」と呼ぶ習慣があるらしい。とても興味深かった。
さて本題に入るが、当然のことだが自治体の社長は選挙で選ぶ。つまり、市長を選挙するということは、自治体の社長として、社員(職員)をとりまとめ、市民に代わって自治体の職員を指揮し、自治体という名の会社を運営・発展させて行くに相応しい人を選ぶ、ということである(少なくとも、私はいつも選挙のときに、「この人は社長に相応しいだろうか?自治体職員にお役所仕事をさせず、やる気にさせてくれる人物だろうか」と考えている)。
明石市長は我々と同じく弁護士であり、斬新な政策やキレのある議論でなにかと話題になっていた。
しかし、2年も前にパワハラの言動を録音されていたというのであれば、かなり前から社員(職員)に恨まれていたのかも知れない。優しい市長だからといって会社経営が上手くいくわけではないが、これまで市長が行ってきた政策の成果が否定されてしまうのか、それとも多少の問題を受忍してでも市長のリーダーシップが支持されるのか。
明石市民の判断には、よき「社長」を選んでもらいたいと思う。


畝岡:
北野弁護士のコメントにあるとおり、市長を恨んでいる、恐れている社員(職員)がいたということは間違いないと思う。なぜなら、少なくともこの録音を行った者は何度かこのような言動を聞き、事前に録音しようと準備していたからである。もっとも、市長の一番の使命としては市民のためにより良い環境を整えることであり、職員に良い思いをしてもらうことではないかもしれない。
市長の発言が、市民を思ったあまりのことなのかは不明であるが、成功する会社の社長は社員からの信頼を得ることも必須だと言える。
いすれにせよ、今回の件を踏まえ、またこれまでの市長の働きを踏まえ、次回の選挙の結果がどのようになるのかは、興味深い。

法隆寺の壁画、原状版も是非、見たいものだ。

 

外部リンク:法隆寺の焼損壁画、一般公開へ 敦煌と並ぶ世界的傑作


奈良の法隆寺で、金堂壁画が公開されることが決まった。
その壁画は、戦後すぐに、修復工事に携わった画家の電気ストーブからの失火により大半が焼失した。
その焼け残りの壁画を公開するという。
奈良の法隆寺は聖徳太子ゆかりの寺であり、五重塔、百済観音から夢違観音、玉虫厨子など、多くの国宝がある寺だ。
これらに加えて壁画が新たに公開されるということはうれしい。

ただ、公開について、一つの提案がある。
「原状」で公開してはどうかということだ。
今回は焼け残った壁画を公開するようであり、それは「現状」での公開ということになる。
あえて、「原状」といったのは、こんな理由からだ。
京阪電車を京都の七条駅で降りて、東に行くと京都国立博物館があるが、そこをさらに行けば智積院という寺がある。
ここには安土桃山時代の有名な画家の長谷川等伯(ハセガワトウハク)とその子久蔵(キュウゾウ)の障壁画があることで有名だ。
寺では、国宝館でこの障壁画の現物の全部を展示している。
その建物の扉を開くと広い室内一杯に絵が広がっている。
ただ、保存方法が悪かったせいなのか、色がくすみ、線が不明瞭で、絵としての迫力は伝わってこないのである。
この絵は、できた当時はどうであったのか、今の「現状」ではなく、昔の「原状」が見たいと思った。
この絵ができた直後は、どれほど豪華絢爛、華麗なものであったろうか。

現在は修復技術が進歩している。
例えば、戦後直後の日本の映画監督黒澤明や溝口健二のフィルムが修正され、リマスター版として公開されている。
現在のデジタル技術をもってすれば、修復は可能だろう。
デジタルカメラで精密な撮影をしたうえで、その画面に、制作当時にそうであったと想定される色を付け加えていくということも可能であろう。
その過程で、AIに等伯らの他の絵画における着色技法を覚えさせるという技術などを利用すれば、それほどの困難もなく、「原状」版が完成するのではなかろうか。
幸いにして、法隆寺の壁画については、修復前に撮影した写真の原板が残っている。
これをもとに、現存の焼け残った壁画に残っている色を参考に壁画を作成して、公開してほしい。
もちろん、それは偽物だといえばそうであろう。
しかし、どうしても現物を見たいというのであれば、「現状」の焼け残った壁画も併せ、双方を公開すればいいではないか。

ただ、「原状」だからといって、いい加減なものは作ってほしくはない。
どの色を選ぶかは、芸術家の卓抜したセンスが必要不可欠である。
例えば、日本画家土屋礼一作った「原状」版もあれば、同時に他の画家の作った「原状」版もあるというのがあれば、本当におもしろいのではないか。
ベートーベンやモーツァルトの楽譜が指揮者により、多彩に演奏されるのにも似て、「原状」版それぞれを楽しむことができる時代は来ないものか。

(弁護士 大澤龍司)


(弁護士コメント)
岡井:
たしかに、大澤弁護士の言う「原状」版も作成してもらえれば、見た時の印象が大きく違うのだろう。
当時の人々が見ていたのと同じ壁画を目にできるとなると、それはノスタルジックな良さがある。
ただ、本格的に「原状」版を作成しようとすると、任された画家としても、責任は重大で、中途半端なものを世の中に出すわけにもいかず、ここからまた何年も時間がかかることになるのかもしれない。

この記事でもう一つ驚いたのは、昭和27年に作られた収蔵庫が、マグニチュード7クラスの大地震に耐える強度を保っていたとの事実である。
昭和27年というと、築60年以上ということになる。
昭和24年に、火災で大半が焼失するという災難に見舞われたこの壁画を、これまでこの頑丈な建物が守ってきたのかもしれない。

北野:
 「現状」と「原状」とは同じ読みでも法律上は大きな違いがある。
法律上、売ったマンションを買主に引き渡すときは「現状」で引き渡せばよいのが基本であり、わざわざリフォームで新品の状態にして渡す必要はない。
これと違って、借りたマンションの部屋を退去して返す場合、借り始めた当時の状態に戻さなければならないこれを「原状」回復という(とはいえ、「新品の状態に戻せ」という意味ではないので注意が必要である)。
 同じ読みでも大きな違いである。
さて本題の美術品の「原状」回復だが、たとえばミロのヴィーナスのように「現状」では両腕が欠けている。人によっては欠けた両腕の形(=「原状」)はむしろ想像に委ねるのが楽しいという作品もあれば、ホントにどんな「原状」だったのかを見てみたい作品もある。今回の法隆寺の絵画などは「原状」を見てみたいし、そこに描かれた当時の人々の文化をのぞき見たい気持ちもある。
技術が進めば昔の生活と離れていくようにも感じるが、技術が進むからこそ昔と今がつながる部分もある。技術の発展によって昔と今がまた一つつながっていくことに期待したい。

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