冬の奈良を歩く⑩
《十輪院の「ハチの巣」を持ち帰る》
依頼者の女性から《主人の永代供養を奈良の十輪院にお願いしました》と聞いた。
そのときは、《どんな寺?》と思っていたが、その後に本に載っているのを発見した。
昭和の初めころに日本に来たドイツ人のブルーノ・タウトという有名な建築家がいた。
この人は京都の桂離宮の清らかさを激賞したことで有名だが、この十輪院にも来て、寺と周辺の簡素さや静かさに感動し、《奈良に来たら、まずこの寺に行かなくては》と言ったという。
宿で一泊した翌日の朝にこの寺に行った。
奈良町のはずれあたり、住宅街の中の小さなお寺であった。
本堂は国宝だが、東大寺や薬師寺などの《荘厳な伽藍》とは違い、簡素で小ざっぱりした感じの建物であった。
庭も掃除が行き届いている。
庭を横切って、初老の女性が寺内の住家の方に入っていくのを見かけたが、住職の奥さんかもしれない。
帰り際に褐色の《蜂の巣》のようなものが置いてあり、「自由にお持ち帰りください」と書いてある。
よく見ると蓮の実であった。
庭に池があったから、そこに咲いた蓮の実だろう。
小さなことだが、その心遣いがうれしい。
遠慮なく持ち帰らせてもらって、今は自宅の玄関に飾っている。
簡素な佇まいの十輪院
蜂巣とは蓮の実のことであった
(弁護士 大澤龍司)