約6年前にがんで胃を半分切除した。
術後、おどろくようなことが起こった。
手術から、3日ほどたった夜のことだ。
寝ようとして部屋の明かりを消した。
壁になにかが写っている。
よく見ると、いろんな動物がモザイクで壁に貼りついている。
象、キリン、ワニ、鹿。
窓の外を見たが、外からの光で写っているようではない。
そのうち、そのモザイクが動き出したのだ。
夢ではない、はっきりと眼が覚めていた。
ないものが見える幻視というものだろう。
同じ日であったかどうかははっきりとしないが、
寝ているような、起きているような、いわば《夢うつつ》という状態のときであった。
万葉集の中の和歌がぐるぐると廻りだした。
《青によし 奈良の都は咲く花の・・》
《東の野にかぎろいの立つ見えて・・》
《三輪山をしかも隠すか・・》
この3つが、順番に湧き出し、繰り返し、何度も頭の中をめぐるのである。
《なんと、素晴らしいのか!!》という大きな感動を伴って。
どこがどのように素晴らしいというような分析などは全くなく、ともかく《すごい》という怒涛のような感情の渦が頭の中を駆け巡った。
大学生のとき、体育の教官が、《昔、自分は精神がおかしくなった時期があった。そのとき、ゴッホの絵に感動し、本当に素晴らしいと思った!》と語っていたが、おそらく似たような経験であったろう。
このような異常な体験は1日だけで、その後は出なかった。
原因はわからない。
それまであった胃の一部を、手術で《無理やり》とってしまったことで、切除部分とつながっていた脳の神経細胞が、どこか違うところとつながったものなのかもしれないし、あるいは麻酔の悪影響がかなりの時間を経ても、なおかつ、脳に悪影響を与えたのかもしれない。
しかし、なぜ万葉集だったのだろうか。
それ以降、万葉集が頭の隅に住み着いたようである。
これまでに万葉集についての本を読んだり、旅行に行って風景を見たりした時にふと考えたことを、これから不定期に掲載していきたい。
甘樫の丘から見た明日香の風景。
右端の高い山が畝傍山、その左手の2つの峰が二上山である。