《チエのホコリを吸いたかったな》
《生家》の畳も新しく、掃除も行き届いている。
壁にも汚れ一つなく、柱に傷もない。
《清潔だな》と思ったが、同時に《生活感がないなぁ》とも思った。
「数年前に初めて智恵子の生家を訪れたとき、あまりに寂寥とした佇まいに、智恵子が見捨てられているような印象を受け」た。
その後、「すっかり立派になり」、「時代劇のちょっとしたセットみたい」になっていた。
前に紹介した「智恵子抄を訪ねる旅」という本に記されている。
これを見るとチエがもともと住んでいた生家は解体され、柱や壁は全て新しく作り直されたようだ。
そこで暮らしている人の汗の吸い込まれた畳、点々とシミのついている壁、傷のついた柱、天井に積もった塵やほこり、それがあってこその生家ではなかろうか。
そのような生活の歴史が家に形として残されている、それがすべて失われているようだ。
酒造りをする蔵の天井に積もった塵やホコリに酒酵母が棲みつき、そこで作られる酒に独特の香りと味わいを醸し出すという話を聞いたことがある。
この家では、そのような塵やホコリは、きれいさっぱりと取り払われているようだ。
チエのホコリ、ほんの少しでもいいから吸ってみたかったなぁ。
(写真は生家の2階の天井。チエ時代のホコリなど全くないようだ)