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冤罪事件―捜査機関や裁判所に本当に過失はないのか―

外部リンク:「友人も仕事も失った、戻れない」強姦冤罪の男性の失望

冤罪は、真っ当に生きてきた人の人生、また、その家族の人生までも揺るがしかねない。
本件で、再審において無罪になった男性も、約6年にわたって身柄を拘束され、仕事を失い、多くの友人も失うという、多大な被害を負ったとのことだ。
男性が、警察、検察に加え、有罪の判断を下した裁判所の責任を追及した国家賠償訴訟において、男性の請求が棄却されたという。
本件事件については、報道で知る限りではあるが、雑感を述べたいと思う。

この件で冤罪が起きたのは、被害者の女性が虚偽証言をし、それを鵜呑みにした結果であると、報道では言われている。
性犯罪の場合、どうしても、被害を訴えた被害者側の証言が重視される傾向にある。
痴漢で冤罪が起きやすいのも、被害者の証言を信用した結果という面が大きいのであろう。

性犯罪の被害者が、被害を訴えることには大きな勇気と覚悟が必要であるため、被害者の証言を真摯に聞き、重視すること自体は正しい姿勢である。
ただ、強姦事件の場合、被害者の証言のみに頼らなくとも、客観的裏付けがあることが多い。
客観的裏付けがあるのであれば、その内容は無視できない。
本件でも、被害者が事件直後に産婦人科を受診した際の診療記録があり、そこには、強姦の事実がなかったことを基礎づける内容が記載されていたと言われている。
どこまでの内容であったのかは定かではないが、もしも本当に、強姦の事実がなかったことを基礎づける内容であったのであれば、その診療記録を考慮せずに判断をしたことには、大きな問題があると言わざるを得ない。

本件の判決では、裁判所は、「(検事は)やや性急な感を免れないが、通常要求される捜査を怠ったというのは困難」「(うその告白を)うかがい知ることができる証拠は(裁判所に)提出されていない」と判断したとのことであるが、客観的に強姦の事実がないことを示す証拠があったのに、それを考慮せずに誤った判断をしたのだとすれば、それは「過失」以外の何物でもないのではないだろうか。
(弁護士 岡井理紗)

(弁護士コメント)
北野:
 私も刑事事件の弁護で時折、「無罪を主張したい」という話を聞く。犯行時刻に他の場所にアリバイがあったという証拠が出てくればよいが、そう都合よく無罪を示す証拠があるケースはなかなかない。そのためか、今回の様に無罪であることを示す(かもしれない)産婦人科の診療記録があったということなら、裁判所がそれを無視したとなれば弁護人としても怒り心頭である。
どのような理由でその証拠が排除されたのはわからない。
しかし、裁判官も検察官も人間である以上、どんなに注意しても間違いはあり得る。人の一生を奪う判断をするわけだから、やはり見るべき証拠はきちんと見て、被告人の言い訳にもきちんと耳を傾けて判断しなければならない。
 この裁判は今後の裁判所の姿勢やえん罪防止のあり方について問題提起をする意味で、今後も注目していきたい。

畝岡:
これまで、足利事件や免田事件をはじめとする、殺人事件や強盗事件における捜査段階のミスなどは国家賠償法上の不法行為に当たらないと判断されてきた。
冤罪事件において国家賠償法上の損害賠償請求が認められなかった場合、身柄拘束を受けた者への救済は刑事補償法上の補償のみである。この保障は最高額の場合でも拘束されていた日数1日当たりにつき1万円少々となる。身柄拘束を受け続ける日々に対する補償として、この金額は通常の市民感覚から見ても明らかに低額ではないだろうか。
刑事補償法による補償をもう少し手厚くするか、国家賠償法が適用される要件をもう少し緩和することが検討されても良いのではないだろうか。

大澤:
今から約45年ほど前、弁護士になった直後に、先輩弁護士から担当を命じられた事件が今回の同じような事件であった。
和歌山のある町の町長さんが、収賄で起訴されたが、結局、無罪の判決が出て、確定した。しかし、そのような事件に巻き込まれたことから、その町長さんの政治生命は絶たれた。
そのため、検察官の起訴に過失があったとして、町長さんが国相手に損害賠償請求をしたというものだ。
一審の和歌山地裁では勝訴したが、大阪高裁で負け、最高裁では高裁の判断がおかしいということで、再度、高裁に差戻になり、その後、高裁で最終的には請求は認められなかった(この事件の詳細は、リンク:弁護士紹介 これまで扱った主な著名事件 「中前国賠事件(原告側)」)。
この高裁判決が出るまで約10年が経過した。
その間、元町長さんは死亡し、その息子さんからは差戻審の高裁判決が出た後、《先生、もう十分に頑張っていただきました。もうこれで結構です》ということで再度の最高裁までいかずに終了した。

懐かしいので、思わず昔の話を長くしてしまったが、今回の記事を考えてみよう。

罪の証明は検察側がしなければならない。
強姦罪の場合、検察側が①被害者が加害者と性交渉をした②性交渉が被害者の承諾なしに無理に行われたという点を検察側がしなければならない。
強姦罪は、その多くが被害者と加害者の2人の間で発生する事案が多く、両者間の主張が異なることが多い。
そのため、検察としては、まず、争えない客観的な証拠として何があるかを必死で調査しなければならない。
上記①についての最も重要な証拠は、被害者の衣服や身体に残された精液の痕跡があるかどうか、あればその精液は加害者のDNAと合致するかどうかである。
上記②については被害者の承諾という内心の意思の問題であり、他人にはわかりにくい。
しかし、被害者の体にあざや傷があれば、犯行行為時に被害者が抵抗したと証明する有力な証拠であり、強姦を立証する強力な証拠になる。
記事によると、判決確定後に被害証言が嘘だったということを被害者が述べたようだ。
元の刑事判決がどのようなものか、はっきりとはわからないのが、被害者は性交渉がなかったということを認めたのであろう。
もしそうだとすれば、検察としては、上記①についての裏付け証拠としての、被害者の着衣もしくは体内からの精液の採取ができていなかったことになる。
そのような案件が起訴されたとすれば、本当に恐ろしい。
しかも、そのような客観的は証拠のないのに裁判所が有罪の判決をしたということも恐ろしい。
原告弁護士は、「検察が無罪の可能性を検証せずに起訴しても過失はないとする、ひどい判決だ」と述べている。
それは別に間違いはないのだが、しかし、この案件は、それ以前に、そもそも客観的な証拠に基づく証明もできない可能性が高いのに、検察官が起訴したところに過失があるのであり、かつ、裁判所も客観的な証拠が不十分なのにその点を考慮することなく判決したという点を過失として構成した方がよかったのではなかろうか。
最後に訴訟の方針についてコメントしておこう。
原告としては、裁判所も被告に加えた。
その気持ちはわかるが、訴訟のやり方として、果たしてそれでよかったのかという疑問がある。
裁判所としては、検察官だけの過失なら賠償を命じやすい。
しかし、同僚である裁判官の判決に過失があったと認定はなかなか判断しがたいということを考えれば、あえて、裁判所を外して訴訟をするのが現実的な選択ではなかったろうか。

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