外部リンク:横浜事件、弁護団ミスで上告却下 書面の提出期限を失念
同じ弁護士としては、あまりにひどいミスだと思う一方、明日は我が身と自分を戒めたい話でもある。
横浜事件は、太平洋戦争中に雑誌の元編集者などおよそ60人が共産主義を宣伝したとして治安維持法違反の疑いで逮捕された事件である。
当時の警察による激しい拷問により、4人が獄中で死亡した。
当時、約30人については執行猶予付きの有罪判決がなされたが、元被告人やその家族らは、無罪を主張して再審請求を行い、結果として、実質的に無罪とする内容の判断がなされた。
今回、提出期限のミスが問題になったのは、これを受けての、国に対する国家賠償請求訴訟においてである。
記事によると、弁護団が、定められた書面の提出期限を失念し、期限内に提出しなかったため、上告(1審、2審と請求が退けられたため、最高裁判所に対して行った申立)が退けられたという。
訴訟においては、書面や証拠を提出する期限が、裁判所により定められる。
訴訟の中でお互いに主張を出していく段階では、主張の内容を記載した書面や関連する証拠を提出する期限は、期日のたびに裁判所と協議の上定められ、1日提出期限を過ぎたからといってすぐに問題になるというものではない。
もっとも、今回提出を失念したとされる上告理由書については、提出期限が民事訴訟法において定められており、1日でも提出が遅れれば即却下となる厳しい期限である。
弁護団がこの期限設定を知らなかったということは当然ないと思われるが、注力している案件であれば当然に期限を把握してそれに向かって準備を進めるはずであり、この案件への取り組み姿勢が疑われる。
依頼者から懲戒請求をされてもおかしくないようなミスである。
それとも、この件が話題になることを見越した高等戦術だったという可能性はあるのだろうか。
(弁護士 岡井理紗)
(弁護士コメント)
大澤:
高等戦術ではないかというのは面白い観点だ。
ただ、今回の横浜事件は、最高裁で判断がでたら、その結果如何にかかわらず、間違いなくマスコミ報道される案件だ。
そのような機会がなくなったのだから、高等戦術ということはないだろう。
また、ミスがあったことを取り上げられて、《いい加減だな》という悪い印象を与えるだけで弁護団や原告らにはなんのメリットもないのだから。
私はそのような期限を忘れたということはない。
ただ、私がイソ弁として勤務していた佐々木哲蔵弁護士が担当した事件でそのようなことがあった。
佐々木先生は刑事では非常に有名な先生(元裁判官で吹田黙とう事件の担当裁判長だった、あるいは元社会党の参議院議員であった佐々木静子さんのご主人といえば、思い出される年配の方もおられるかもしれない)であったが、一審で執行猶予がつかないので控訴をすべきところ、それを忘れたのである。
そのときは、佐々木先生がもらった弁護士費用を全部返還して、平謝りということで話をつけたようだ。
今回のケースのような誤りを防ぐ手段を普段から考えておく必要がある。
いつが期限であるかを担当弁護士や担当事務が見えるように共通の日誌に記載しておくこと、期限を厳守する担当者を決めておくこと、提出したら《提出しました》と言う、その声がかからなかったら《提出してくれたのかな・・》という声掛けをしあうというようなことが必要だろう。
今回は、弁護団はどのような収拾策を講じるのであろうか。
原告らに謝罪をすることは当然だろう。
ただ、この種の訴訟では、弁護士が弁護士費用をもらってしていることは少なく、ほとんど《手弁当》である。
仮にいくばくかの金銭をもらっていても、作業量に比べれば全く引き合わないケースがほとんどである。
原告らから見れば、お世話になっている《先生方》ということになるから、金銭賠償などという問題にはならないであろう。
それにしても、何十年も前の、勝訴見込みの少ない事件を頑張っている弁護団としては、誠に《痛恨の見逃し》であったということは間違いないだろう。
畝岡:
大澤弁護士のいう手弁当であることから金銭賠償または懲戒請求が行われる可能性は低いということは非常に微妙な問題であると思う。
確かに、弁護士費用は少額(または無料)で何十年間も依頼者のために弁護士としての活動を行ってきたのであれば、今回の依頼者からすれば感謝の念の方が強いかもしれない。
しかし、このような単純なミスにより失われた依頼者の利益は重大であるし、一つのミスからこれまでの長期の活動が本当に適切であったかという疑いが生じて違う弁護士(弁護団)が担当していればという思いもあるかもしれない。それは、弁護士費用が低額(または無料)であることにより消失してはならない問題のような気がする。弁護士として受けた以上は、責任を伴う。
弁護士として一番大切なことは依頼者の信頼であると私は考えるが、依頼者の信頼は弁護士の責任の上に成り立つものである。このような単純なミスで信頼を失わないように、真摯にこの報道を受け止めようと思う。
北野:
我々の業界では、期限遅れが絶対に許されないものがいくつかある。
よく報道で耳にするのは、警察に被疑者が逮捕された事案で10日以内に釈放するか起訴するかを決めなければならないという勾留満期である。それから、判決に不満があって控訴をするときには、判決が送達された日から2週間以内に控訴する、という控訴期限もよく報道で耳にする。いずれも法律上明確に期限が定められており、裁判所も厳格に運用しているため、1日たりとも遅れは許されない。翌日提出しても間違いなく却下である。
今回の上告理由書提出期限もその一つで、やはり遅れが許されないものの一つである。
期間制限は弁護士だけでなく関係者全員が気にしているため、期限に遅れることはそうそう起きない。なぜこのようなことが起きたのだろうかと疑問である。遅れが起きた理由については記事でははっきりしないが、私も含め弁護士全員が注意しなければならない戒めとしてこの記事を受け止めたいと思う。