宿舎から歩いて5分程度で葛城山頂に行きつく。
頂上には自然の岩石などは全くなかった。
花崗岩が風化してできたであろう薄い褐色の土のほぼ平らな台地で、周辺に草が生えていた。
周辺の山として、大峰山系の山々も見え、眼下には大和三山、三輪山から奈良や御所の街並みも見え、見晴らしはよかった。
頂上の少し下の斜面に、京都の高山寺の石水院から見える、私が勝手に《明恵の松》(リンク:山の尾根の《明恵の松》)と名付けていると同じような姿の松があった。
この葛城山の麓の滝《櫛羅(くじら)の滝》で役行者(えんのぎょうじゃ)が修行したという話がある。
役行者は、修験道という山岳宗教の開祖のような人であるらしい。
今でも、大峰山や熊野の山々奥駆けなどといって、険しい山野を歩き回って修行している山伏がいるが、彼らは修験道の行者ということのようだ。
何日にもわたり、山をひたすら歩き続けると、体が疲れ切り、自分の意識も、朦朧としてきたようなとき、周囲の環境と自分との間のバリアが無くなり、自然と一体としての自己を確認できるという一種の《宗教的》体験ができるのであろうか。
マラソンなどで長距離を走っているとき、20キロをすぎたあたりで、苦しさが飛び、ランニングハイという状態になることがあるという。
頭の中にエンドルフィンだかわからないが、《快楽物質?》なるものが出てきて、なんとも幸福な気持ちになるらしい。
山を何日も歩き続ける苦行を重ねると、同じようなハイな状態にもなるのであろうか。
時折、テレビなどでほら貝を吹く山伏の姿が放映されている。
日本全国に広がった修験道は、今でも脈々として引き継がれている。
役行者もまた、明恵と同じく、道を求めた孤高の人であり、時代を開いたいわば《宗教的イノベーター》である。
ここ葛城山直下約10メートルに根を生やしているこの木、冬は寒い風雪にさらされながらも、なおかつどっしりと根を生やしている、この木を私は、勝手に《役行者の松》と名付けることにした。
山頂へはなだらかな坂が続く。
もう秋の気配を感じさせる。
勝手に《役行者の松》と名付けられた山頂直下の木